インターバルよりフェスティバル

ペイントとテキストのみ!オールドスタイルを貫く日本一ふざけたランニングブログ!

禅のマインドを取り入れてペース走とかインターバルやったよ

堕落しきったGWが終わって先週は刺激と休息のメリハリがとれていつものリズムになってきました。

 

 

久々のペース走はツラ気持ちよくフィニッシュ

というより、GWの休息がちょうどいい疲労抜きになったのか、とても調子があがっています。

別に秋まで大きなレースもないのでここで調子が上がらなくてもいいんだけどな。

でもいい感じに体が動くうちにどんどんいいペースを染み付かせていこうと思います。

 

先週木曜に行ったペース走では狙った通り走ることができました。

3’45/kmで前半5km、後半5kmを3’40/kmで。

実際は前半は3'43/km、後半は3'39/kmでした。

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心拍数が終止170位を記録してましたがウォーキングしてたって180くらいまであがるのでもうあてにしてません。

 

次時計買うときは安くていいので心拍計測できるモデルは除外するつもりです。

あれこれついてると高いし。

 

閾値走を335以内でできてるから、ペース走は345くらいでできるだろうと考えてやってみたら思ったよりも気持ちよく走れて満足です。

 

久々のペース走だったけど余裕をもって終えることができたし来週の木曜はそれぞれ1kmずつ距離を伸ばして合計12kmにしてやってみます。

 

筋トレやってレペは回避。代わりに軽いJOG

金曜はいつもの筋トレ、土曜は健康診断があったからレペを回避して軽いJOGのみ。

 

土曜はいつもレペなんだけど、夜勤明けでしかもレペで全部出し切ってから診断受けてもやべー数値が出そうなので軽いJOGにしておきました。

 

そのかわりに日曜日のロングは速めのJOGにしました。

こちらも前半と後半にわけて、前半10kmを415以内、後半10kmを410以内で設定しました。

んで結果は前半は414、後半は405。f:id:panko10:20190514010059p:plainf:id:panko10:20190514010150p:plain

このまま400まであげて30kmいこうとしたけど日没コールド。

時間切れです。

来週もこの調子が維持できて、時間が確保できれば30kmまでのばそうと思います。

 

この20kmはポイントって位置づけでもないのであれですけど、どちらも去年と比較すると考えられないペースで練習ができています。

 

1年前のおれが今のおれをみたとしたら、

「はいはい、うそつくんじゃねーよくそ眼鏡。冗談はひげだけにしてくれ」

って感じだと思います。

 

夜勤前にサクッとインタバール

それもこれも年明けから春先までの成果だろうと感じています。

でもまだまだ目標には届きそうもありません。

 

引き続き練習あるのみ!

夜勤前は1000mインターバルだ!

 

315できっちりそろえ・・・られませんでした。

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特にダメなのは4本目ですね。

ゴール手前50mくらいで心折れて一気に力抜けちゃいました。

 

あと1本だったので何とか歩いて気持ちと呼吸を整理してラストに臨みました。

 

詳しいログ見ると途中キロ2分台後半を計測してる箇所があって、多分全部+5秒くらいしたのが正しいタイムだと思います。

 

だから会社の周り以外でやるときは3'18/km設定くらいになりそうです。

 

最近注目してる禅の考え

このブログを読んでくださってる方は薄々感づいているかもしれませんが、おれは今絶賛坐禅にはまっております。

(どこで感づく要素あんだよ…)

 

というのも前回の記事あたりからちょいちょい道元が登場してきたり(『GW明けの5000mタイムトライアルは見事に撃沈したよ』)、

 

はっ!目の前のことに、はっはっ!しゅーちゅー!

みたいなルーキーズにでてくる市原何とかみたいな発言が増えてきたと思いません?

 

やっぱり調子が上がらなかったり、走らない日が続いたりすると、

 

「なんで走ってるんだろう。ランニングする目的ってなんだろう」

って考えがちです。(誰が?)

 

痩せるため、強い体をつくるため、よりよいタイムでフィニッシュするためとかいろいろ目的があると思います。

 

もちろん何かを始めるには目的があって、現状を明確にしながら目標を立てたり軌道修正したりして継続的に取り組んでいくってのがセオリーだとわかってるんだけど。

 

それだけだと中々つらくなってくるときが必ず訪れます。

 

このきつさを何とか乗り越えられないかと、いろいろ調べていく中で発見したのが次です。 (引用します『https://gendai.ismedia.jp/articles/-/50060?page=3』)

 

身近な例でいうと、ランニングがわかりやすいでしょう。

先日、ニューヨークのコロンビア大学の大学院でMBA(経営学修士)コースにいる学生が40名ほど坐禅や精進料理など禅を学びにやってきました。

彼らに禅とマインドフルネスの違いを説明するためにこんな質問をしました。

「セントラルパークでランニングするのを日課にしている人はいますか?」

すると一五名くらいの学生が手をあげました。

「では、みなさんは何のためにランニングをしているのでしょうか」すると、

「痩せたいから」「リフレッシュしたいから」「強い体を作りたいから」などさまざまな回答がありました。

まさに、そういう考え方がマインドフルネスの欧米での用いられ方なのです。

つまり、何かご利益があるから走るのです。

 

しかし、禅ではそういうもののとらえ方はしません。

走るために走るのです。

確かに、走っていたら、体重も減るだろうし、体も強くなるでしょう。

しかし、禅ではそれを目的にはしません。

走っていたら自然にそうなっていた、ということでしかありません。

物事を究めるためには、目の前にある短絡的な利益を求めるのではなく、それを実践すること自体が目的にならねばいけないのです。

 

本当にこの記事を読んだ時には痺れました。

おれはとにかく速くなりたい、という利益ばかりを目的にして走っていました。

 

でもそうじゃない。

それではいつか必ず訪れる「速くなれない時期」がきたときに挫折して走る目的を失ってしまいます。

 

走るために走る。

インターバルするためにインターバルをする。

ペース走するためにペース走をする。

 

ただそれだけです。

これらを実践することを目的として、自然と強く速くなっていた、ってのが禅の考え方のようです。

 

遠回りかもしれませんが、モチベーションの浮き沈みに流されず、淡々と実践する。

 

それがおれの走る目的かもしれません。

というか、そういう風に考えていきたいです。

 

当然苦しむときもくるだろうけど、それは練習(修行)なんだから当たり前です。

 

「やる気でねーっす!」

 

とか言いながら修行をサボっている坊主はいつまでも悟ることができないのと同じで、

 

「モチベーション上がらねーっす!」

と言いながら練習しないでいると当然ランナーとして悟ることができません。

(誰もそこ目指してないと思うけど・・・)

 

と、まぁここまで勝手に書いてきましたけど、ランナーになるために出家した人なんて皆無だろうから、坊主とランナーを同列には語れません。

 

禅だろうがなんだろうが自分にとって栄養となる部分をいいとこどりして、うまく生活の中に溶け込ませていけばいいんじゃね?

って感じです。

 

なーむー 

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(ちょっと頭青すぎるけど、ディスってるわけじゃないよ)

 

おしまい